短編小説

アガタの森イベント「ウシワカと遊ぶ」



  • 冷たい空気が頬を切る。

    アガタの森の深い木々の中、アマテラスと、その頭上に居座る妖精・イッスンは改めて周囲を見回した。
    大神降ろしを終え、闇うごめくタタリ場がすっかり拭われ、清浄な空気と光が<森を包んでいた。
    汚濁していた水は清らかさを取り戻し、その深底に魚たちの姿も見てとれる。
    元気に動き回るそれに手を伸ばそうとするアマテラスを、イッスンが慌てて引き止める。
    「オイオイオイ!!まったくオメェは…!すぐそうやってなんでもかんでも手ぇ出しちまうんだからよ!
    神州平原の船着き場で溺れたの、もう忘れちまったのかぃ?」
    言われ。アマテラスは思わず伸ばしかけた腕を止める。
    まだ筆神が一神・蓮ノ花神を復活させる前のこと。
    興味本位に、向こう岸まで泳いで渡ろうとしたものの、思いの外水路が長く、引き返す途中で危うく溺れるところだった。
    大はしゃぎしていたアマテラスも、思わず身震いし素直にイッスンの忠告に従う。
    「忘れたなんて言わせねェぜ!チョチョイと水面に丸でも描けば楽勝だろォ?」
    相棒の言葉に、アマテラスの瞳が輝く。
    そうだった、蓮ノ花神を手に入れた今、もうあんな思いをせずにすむ。
    アマテラスの手の内に光が生まれ、いつの間にかその手の中には一振りの巨大な筆が握られていた。
    それを剣のように構え、目の前の湖面に向かって円を描くように振り下ろす。
    するとどうだろう。
    アマテラスが腕をかざした水面に、人一人ほどが乗れる巨大な蓮の葉が星のような柔らかな光を放ちながら出現した。
    アマテラスのみが使うことができる神秘の技・筆しらべ。
    蓮ノ花神が行使するその力は水面に美しい蓮の葉を創り出し、水上の移動も可能にしてくれる。
    出現した蓮の葉にぴょんと飛び乗り、アマテラスは間近な水中で泳ぎ回る魚たちを嬉しそうにながめた。
    魚たちが跳ね、キラキラと飛び散る雫が眩しい。
    その様子を見て両手を叩き、子供のようにはしゃぐアマテラス。
    そんな相棒を見ながら「やれやれ」とイッスンは一息つく。
    この、図体ばかりは青年とも呼んで差し支えないほどの恵まれた肉体をしていながら、中身はてんでお子さまのやんちゃ坊主があの太陽神・天照大神その人だという。
    しかもこの少年の姿ですら仮の姿だ。
    さきほどもこのアガタの森で行った大神降ろし−樹の精・コノハナサクヤ姫の分身である賽の芽を芽吹かせ怨念邪念渦巻くタタリ場を浄化する秘技−では、
    ほんの一瞬であったが、この少年が絶世の美姫へと姿を変えたのには度肝を抜かれた。
    ゆるく豊かに波打つ見事な紫銀の髪、太陽そのものを閉じこめたかのような、強い意志と激しさを持ちながらなおかつ、どこまでも澄んで優しく包み込むかのような真紅の瞳。
    口づけを請うかのように突き出された唇は桜の花びら、白磁のようにすべらかな肌に、それが太陽神その人であることを示す紅色の隈取り。
    その同じ隈取りが眼下で魚と無邪気に戯れる少年の肌にも刻まれ、間違いなく二人が同一人物であることを示す。
    (便利なモンだよなぁ、神さまってのはよ…)
    男になったり女になったり。
    深い木々の天蓋からわずかに零れる太陽の光を見上げ、イッスンはひとりごちた。

    その時。

    凛とした笛の音が森の中に響き渡った。

    ハッと顔を上げるイッスンとアマテラス。

    思わずイッスンの手が愛刀・電光丸にのびる。
    周囲を見回すが人影はない。
    アマテラスがわずかに周囲の匂いを確かめる仕草を見せる。
    「おい、アマ公!!上だ!!!」
    イッスンが示す先の大木。
    樹齢300年は越しているだろう見事な大樹の枝。
    ざわざわとざわめく緑の中、そこだけが切り取られた空間かのように静けさが包み、笛を奏でる人影があった。
    光の逆光で上手く顔が見えない。
    姿恰好からして男だろか、女だろうか。
    いや、女にしては背が高いし肩幅が広すぎる。
    その男が、ふと視線を巡らし、アマテラスたちを捉える。

    「天呼ぶ地呼ぶ海が呼ぶ…物の怪倒せと我を呼ぶ!
    人倫の伝道師ウシワカ イズ ヒア!」

    凛とした、矢のような声が届いた。
    独特のポーズを決める男に、アマテラスもイッスンもあっけにとられる。
    あまりの事に声も出ない。
    「な…何だィありゃ」
    「その真紅の隈取そしてその身に粧し込んだ神の器…
    なるほど傾いたルックスだけどその実力は本物かな…ベイビィ?」
    ふふんと笑う、どこか挑戦的な男の視線にイッスンの闘争心に火がつく。
    「ヤイヤイそんな高い所から何をエラそうにしてんだィ!ちゃんと降りてきて話を―」
    と言いかけ、ハッとなる。
    もしやあの男…。
    「…まてよ? あいつアマ公の本当の姿が見えてるのかァ?」
    イッスンの声に応えるかのように、その人物は枝から飛び降りた。
    「お、おい…!」
    普通の人間ならばあの高さから飛び落ちればただではすまない。
    走り出そうとしたアマテラスの目の前で、男の身体が、まるで風にでも煽られたかのようにふわりと水面に降り立つ。
    水面から光が溢れ、風がおこり、男の着衣をゆったりと煽る。
    退紅(あらぞめ)と紅の着物に菫色の袴。鴉天狗の仮面に鳥の羽を模した羽衣。
    男の身につけるものにしてはやや華美な感が否めない出で立ちの男。
    何よりイッスンの目を引いたのは、金糸のように見事な男の髪だ
    羽衣に隠れ細部までは分からないが、ナカツクニでは見たこともない、奇妙な髪色をした男だった。
    顔を上げ、淡く微笑んだ男。
    恐ろしく整った顔をした男だった。
    だが目だけはまったく笑っていないまま、何の前触れもなく、腰に差してあった刀を抜き放つ。白銀の刃が、太陽の光を受け凶悪に輝く。
    「ああっ この野郎刀を抜きやがったァ!」
    「抜いたとも…ミーはこれでなくては語れない男だからね」
    ウシワカと名乗った男はその刀を左手に構え、右手には先ほど吹いていたであろう笛を構える。
    すると、笛であったものが形状をかえ、それそのものが発光しながら刃の形を作る。
    「ナカツクニにタタリ場が広がった時 宝剣月呼を抜いた人影が―神木村へ逃げ込んだ上 大岩で入り口を塞ぐのを見たんだけど… ユーたち何か知らないかな?」
    刀の切っ先を向け、ぬけぬけと言い放つ。
    口元に穏やかな笑みを浮かべながら、しかし男から放たれる殺気は並ではない。
    イッスンの背筋に冷たい物が流れた。
    「おい何かヤバいぜェ!ここはひとまず様子を見た方が―」
    イッスンが言い終わる前に、アマテラスの目の前にまるで主を守ろうとするかのように神器・真経津鏡が出現する。
    アマテラスも低く腰を落とし、膝を少し曲げ、足のつま先に軽く体重を掛けていつでも俊敏に動けるように半身を引く。
    「…アマ公お前またコーフンしてるのかよォ!」
    鼻息の荒くなった相棒に、イッスンがイライラと声を荒げる。
    この大馬鹿野郎はどうしてそう事態をややこしくしたがるのか…!!
    その様子に、ウシワカは嬉しそうににっこりと微笑む。
    「グッド! そう来なくっちゃ…では我が愛刀ピロウトークの調べを―思う存分聴かせてあげようか!」
    二本の愛刀をまるでヌンチャクのように器用に振り回し、ウシワカも構える。

    静かに、湖畔が凪いだ。
    シン、と沈黙が訪れ、木々の葉がザワザワと騒ぐ。
    ひらりと、一枚の葉が舞った。
    円を描きながら、ゆるりゆるりと両者の間に舞い落ちる。

    その葉が、水面に落ちた。

    それを合図にしたかのようにウシワカとアマテラスが同時に動いた。
    舞うような動きの男に、アマテラスが猛然と突っ込む。
    手首のスナップを利かせると、まるで見えない糸で繋がっているかのように真経津鏡が円を描いて飛翔する。
    ウシワカの頭上ギリギリをかすめ、円盤のように舞う真経津鏡。
    ウシワカはそれを軽やかに避けて反撃の一閃。
    上体をそらして避けたアマテラスだが、前髪の数本がハラリと落ちる。
    あと少しずれていたら首が落とされていた。
    アマテラスの全身がゾッとわなないた。

    そのほんの一瞬、アマテラスの脳裏を電流のようなものが流れた。

    ちらりと、脳裏をかすめる何かがあった。

    それが何なのかわからず、一瞬アマテラスの気が削がれる。
    隙を逃さずウシワカが仕掛ける。
    左・左・右と素早い連係攻撃を繰り出す。
    最初の左を左腕に喰らい、痛みで我に返るアマテラス。
    残りの2発は上半身をそらし、バックステップでかわす。
    一度距離をおき遠距離戦に持ち込もうと、アマテラスはさきほど入手したばかりの神器・足玉を召喚する。
    アマテラスの右腕から放たれた足玉が鞭のようにしなり、ウシワカに襲いかかる。
    ぎょっと目を剥き寸ででかわしたものの、ウシワカの左袖が無惨に千切れ飛ぶ。
    様子を見ていたらやられる。
    直感したアマテラスは強引に攻めることにした。
    さきほど脳裏をよぎったものが気になるが…今はそれどころだはない。
    手元に戻ってきた真経津鏡と足玉を交互に操り、攻撃を仕掛ける。
    ウシワカの二刀流の斬撃がアマテラスを襲う。

    風を切り、轟音となって襲いかかり、その斬撃をアマテラスがジャンプで避ける。
    高い跳躍でウシワカの頭上にまで飛び上がり、空中で一回転してウシワカの背後を取る。
    (…なんだぁ?)
    二人の動きを見ながら、イッスンはふと違和感に捕らわれた。
    先刻まで殺気に満ちていたはずのウシワカの顔には、もはやそれはなかった。
    口元だけで笑っていた、どこか嘲るような笑みではない。
    どこか懐かしむような、嬉しそうな。
    そんな笑みがウシワカには浮かんでいた。
    アマテラスも同様だった。
    さきほどまでは焦ったかのように、闇雲に攻撃していただけだが、今は違う。
    むしろ。
    この戦いを楽しんでる。
    何度となくうち下ろされるウシワカの刃。
    それを真経津鏡で受け、足玉で反撃するアマテラス。
    何度目かの撃ち合いの後、ウシワカはふわりとその身を翻らせた。
    「よそうアマテラス君…久しぶりにユーの力を味わったけど…もう充分だよ」
    突然の申し出に、イッスンがカチンとなる。
    「何だい今更お前の方から仕掛けて来たんだろォ!
    …あれェ? アマ公あいつと知り合いなのかァ…?」
    名を呼ばれ、当のアマテラスはただきょとんと目を瞬くだけ。
    ウシワカを見、記憶をまさぐるが…わからない。
    さきほど脳裏を走ったもの。
    それと何か関係があるのだろうか。
    分からず、混乱するアマテラス。

    思い出せない。
    復活する前の記憶が。
    ない。
    それを目の前のこの男は。
    知っているというのだろうか?

    見つめるウシワカは、すでに憑き物が落ちたかのように穏やかに微笑んだ。
    「フフフフ。こんな不器用な真似しかできなくて悪かったね…ベイビィ。
    …実はミーはこの辺りを襲った怪現象について調べていたんだ。一面をタタリ場で覆い尽くし太陽の光さえ瞬く間に奪い去った― 伝説の怪物ヤマタノオロチの呪いの事をね!」
    「ヤ…ヤマタノオロチ…?」
    不穏な響きを持つその名を恐る恐る口にするイッスン。
    「不用意にその名前を口にしない方がいいよ…心の弱い者はそれだけで呪われてしまう。
    ヤマタノオロチは百年前イザナギと白野威によって退治され―ミーが警護していた十六夜の祠に封印されていたんだ。
    神州平原の大きな湖の真ん中にある古い祠にね…」
    誰でも知っている、イザナギと白野威の英雄伝だ。
    100年前、神木村を襲い、毎年生贄を強要していた化け物・ヤマタノオロチを剣豪・イザナギと村に住み着いた白い狼・白野威が力を合わせこれを退治し、 ウシワカの言う十六夜の祠に封印された。
    「ところが何者かによって宝剣月呼が引き抜かれオロチは復活―その呪いの力で辺り一面がタタリ場に変えられてしまった…。 ミーが都へ帰った留守を狙われたらしいんだけど―まさか誰にも抜けないはずの月呼がいとも簡単に引き抜かれるとはね…
    …どうやらミーの余地を超える運命の動きがありそうだよ」
    そこまで一気にしゃべり、ふと顔を上げたウシワカ。
    その目の前でアマテラスが半目を剥いて、こっくりこっくりと居眠りを始めていた。
    元々考えるのが得意ではない質だが、こうも切り替えが早すぎると周囲のものがついていけない。
    思わずガクッと肩を落とすウシワカ。
    (相変わらず人の話を聞かないんだねぇ…)
    内心吹き出しそうになるのをこらえつつ、我慢できずクスクスと小さく笑う。
    「ヘッヘッへそんな運命が何だってんだィ!オイラたちはその呪いを解いて回ってるんだぜェ!!
    この調子でヤマタノオロチだってコツーンと小突いてやらァ!」
    文字通り、アマテラスの頭を一発景気よく小突き、威勢のいいイッスン。
    小突かれてもまだ夢の中のアマテラスは目覚めない。
    自信たっぷりな小妖精の様子に、ウシワカは意外そうに目を丸くする。
    「へぇ…この辺を蘇らせたのはユーたちだったんだ。
    でもオロチが復活してからそれなりに時間が経ってると言うのに―随分スローなペースだねぇ」
    「な…何ィ!?」
    「正直な話いま戦ってみて分かったんだけど―アマテラス君ユーの力にはガッカリしたよ。
    昔ヤマタノオロチと大立ち回りを演じたのかも知れないけど…そんな過去の栄光に慢心してボンヤリしてたもんだから― 今はもうスッカリ衰えちゃってるんじゃないの?」
    「この野郎言わせておけばァ…」
    すっかり馬鹿にされてしまい、たまらずイッスンは腰の愛刀・電光丸を抜く。
    「お前さっき神木村へ逃げる人影を見たとか言ったよなァ?
    そんな事を知ってるお前だって怪しいモンじゃねぇかよォ!」
    訳の分からぬ事をずらずらと並べ、いきなり襲いかかってきて。
    そんな人間のどこがまっとうだというのか。
    見た目に騙され、思いの外腕は立つようだが、そもそも人間かどうかも怪しい。
    「何を興奮してるんだいこのゴムマリ君は…?…そうそう! ミーには未来を予知する力があるんだけど― ユーたちに一つ予言の言葉をプレゼントするよ」
    爽やかにイッスンの怒りを流したウシワカは、ちょっと気取った仕草で二人を向き直る。
    「“スリル満点丸太でゴー!”…それがユーたちの未来のキーワードさ!
    さてと…ミーは忙しいのでそろそろ失礼するよ。それじゃあ…グッバイ ベイビィ!」
    ひらひらと手を振り、タンッと水面を蹴る。
    まるで風に乗ったかのようにウシワカの身体が宙に舞い、天高く舞い上がる。
    大樹の枝を渡り、あっという間に姿がみえなくなってしまった。
    その様子をぽかーんと見つめていたイッスン。
    ハッと我に返ったとき、すでにウシワカの気配は周囲になかった。
    「ケェーッ!!何だい何だいあの野郎はァ!起きろ起きろォ アマ公!さっさと先を急ごうぜェ!」
    頭の上で騒ぎ立てる相棒に鼻っ柱を蹴飛ばされ、びっくりして目を覚ますアマテラス。
    ウシワカの姿がないことに首をかしげ きょろきょろとあたりを見回す。
    「おい、とっとと行こうぜ、アマ公!!」
    それもそうだと頷きながら、アマテラスはもう一度、ウシワカが立っていた大樹を振り返った。

    切なくも優しいあの笛の音。

    確かに、あの笛の音には聞き覚えがあったような気がする。

    あの男にも。

    かつて、もっと近くにあの男を感じていたような気がする。

    どんなに考えても無駄だった。
    何か思い出そうとするのだが、浮かんだ思考が泡のように消えていく。
    考えても無駄だ。
    今、自分にできることをしよう。
    そう考え、アマテラスとイッスンはアガタの森を後にした。
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    「ウシワカのテーマ」と「ウシワカと遊ぶ」を聞いてたら
    なんかイラスト描きたくなって。そしたらなんだかSSも描きたくなって( ノ∀`)ペチョン☆
    ゲームに忠実ではあるのですがちょこちょこと付け足したり。
    ってよくよく考えたらコカリと梅太郎助けに行ってないじゃん!!!
    森を後にしてどうする( ノ∀`)ペチョン☆