Short Story

筆神擬人化SS「相反するもの」

  • ちりりん… 涼やかな風鈴の音が、夏の終わりを告げようとしている。
    否、今年の夏はいやに暑さが残る。
    「いやはや…この暑さには参りますねぇ…」
    と独りごちるのは蘇神。
    風通しの良い彼の庵に、また一陣の風が吹き抜ける。
    今までの風と違い、明らかに冷気を孕んだそれに、蘇神は嬉しそうに顔を上げた。
    「いやぁ、やっぱり貴女がいると涼しいですねぇ」
    「男に褒められても嬉しくないよ」
    氷のような艶やかな紫の髪を揺らして入ってきたのは凍神だ。
    夏の終わりだというのに毛皮のついた真紅の上着を軽く羽織り、汗一つかかず
    ぶらりと庵に入ってくる。
    「どうですか、ウチのきかん坊は」
    「どーしたもこーしたみないよ。なんだいありゃ」
    人の庵に入るなり、どっかりと座り込み、ぶつくさ言いながらわざと肩をすくめる凍神に
    少し困ったように蘇神は微笑む。
    「貴女なら適任かと思ったのですが…」
    先日、新しい筆神が緋炎・蒼氷両家から選出された。
    緋炎からは酉族の少年と、蒼氷からは巳族の族長の娘が筆神としてこのタカマガハラに召喚された。
    筆神の選出に特に基準はない。
    慈母であるアマテラスが必要だと感じた者のみがタカマガハラに召喚され、筆神として神格を与えられる。
    巳族の族長の娘である少女は、血筋も申し分なくその潜在能力には多いに期待できる。
    だが、酉族の少年のケースは初めてだ。
    酉族の少年は、しがない商人の生まれだ。
    緋炎の中でも戦闘能力の高い酉族だが、彼より能力的に勝っている者は数多い。
    そこをなぜか筆神に選出されてしまい、本人も戸惑っている。
    それ以上に、彼の監督兼指南役にまったくの逆属性である凍神が当てられ、混乱し苛立っているようだった。
    「まー生意気なガキだったわねぇ。人をクソババァ呼ばわりしてくれちゃってさ。ちょいとお灸をそえてやったのサ」
    「貴女の場合お灸ではなく氷漬けでしょう」
    「まぁね」とペロリと舌を出す凍神。
    「扱き甲斐があるコだよ、あいつは」
    言いながらその目には珍しく優しげな光が浮かんでいる。
    その間に蘇神は凍神に冷茶を用意してやる。
    「さすがは酉族の男子だ、元々の戦闘センスがいい。あたしに殴られながらも一発だけかすめてたよ」
    ひょいと掴んでみせたのは凍神の髪を束ねている躑躅色のリボンだ。
    よく見ると、一箇所裾が焦げてレンガ色に変色している。
    それには蘇神も思わず目を丸くする。
    「ほう…なかなかやりますねぇ」
    「だろ?」
    にっこりと小悪魔めいた微笑を浮かべ、蘇神から湯飲みを受け取り、薄い琥珀色の茶で喉を潤す。
    「慈母のお考えは別のところにあるようだけど…あの坊主が選出されたのは間違いじゃなかったね。
    アイツは神力の使い方さえ叩き込んでやれば…間違いなく『化ける』よ」
    「…かもしれませんね」
    不敵に微笑む凍神にふわりと微笑んでみせ、蘇神は手にした茶器の冷茶を一口すすり、一息つく。
    「彼は…炎の本質的なものをその内に秘めています…死と破壊の象徴でありながら、
    錬金術において火は物質や物質に仮託された精神の統合や純化を促す力…生命力の象徴でもあります。
    四大元素のうちの炎そのものを司る、無限の可能性を秘めた幼い神…」
    まるで我が子を見守る父親のような心境だ、とふと思う。
    三種の神器の化身である御三家当主はその司る元素そのものではなく、二次的な要素を含んだ神力を下賜された。
    それが蘇神の炎は神との合一-すなわち錬金術を以て再生を司る神力、凍神においてはあらゆる元素を凍結させる神力、
    そして撃神はその閃光と轟音にて大気を振動させ神の威光を現世に知らしめる神力。
    「で、そっちはどうだい?」
    「そうですね…」
    蘇神に預けられた巳族の少女は、水を操る『濡神』としての能力を見出され、蘇神が自分から指南役を申し出た。
    「彼女の場合はこう…精神的なものなのでしょうか。自分で自分の力を押さえ込みすぎてしまっているのですよ」
    「ふぅん?」
    顔を真っ赤にして俯いたままの少女の初々しさに、思わず下心が疼く凍神。
    『深窓の令嬢』という言葉がよく似合う巳族の少女は、生まれながらに病弱で、
    タカマガハラに召喚されるまで外の世界を知らなかったという。
    何かに怯えるように両手を握り締め、今にも泣き出しそうな彼女だったが、
    その身体からは視覚できるほどの神力が溢れているのを凍神も確認している。
    ただ、本人自身は気づいておらず、むしろ自分のことを無能だとすら思い込んでいる節がある。
    「時間はかかりそうですが…彼女もいい筆神になると思いますよ」
    「そりゃそうだ」
    言いながら、まだ中身が残ったままの湯飲みを逆さにし、零れ出た冷茶が凍神の上着を濡らす。

    と思った瞬間。

    それは空気中で凍結し、本物の琥珀のようになり宙に浮いた。
    「水は…存在そのものが奇跡といえる物質です」
    凍神が凍らせた冷茶を手に取り、コロンと手のひらに転がす。
    「わずか100度という温度差で固体から液体、そしてまた気体へと自在に姿を変え、
    中性のままほぼあらゆる物質の溶解が可能。
    しかも電気分解によって水素と酸素に分離し燃焼する」
    口で言いながら、蘇神はその様子を自分の手の内で再現してみせる。
    凍っていた冷茶が再び液体に戻り、そして何をどうやったのか、
    ジュッという音とともに蒸気が発生し、液体が蒸発する。
    「あたしの操る冷気でさえも、本質である水のごく一部に過ぎない」
    蘇神の言葉を引き継ぎ、凍神は自分の周囲の空気中に舞っている水分を凍結させる。
    凍神がわずかにふぅっと吐き出した吐息に触れた空気が一瞬にして凍る。
    凍った空気はダイヤモンドダストとなってキラキラと舞い、宙に消えた。
    「…炎はその激しさ故に、まずはその力を制御することを知らねばならない。
    水はその穏やかさ故に、まずは己の内に眠る激情を知らねばならない。」
    コトリと湯のみが置かれ、蘇神はほぅっと天を仰ぐ。
    「いやぁ…楽しみですねぇ」
    実に楽しそうな蘇神に凍神がスッと目を細める。
    「アンタ…蒼氷(ウチ)のコに手ぇ出したらただじゃおかないよ」
    「失敬な…貴女と一緒にしないでください。
    …僕は純粋に彼女たちの成長を楽しみにしているんですから」

    その後、二人が驚異的な成長をみせ、心身ともに成長したのち、
    恋仲となってゆくのは、また別のお話。
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    今回は過去の話になります。燃神と濡神がタカマガハラに召喚されたばかりの、
    師匠二人のお話です。思いの外短くなってしまいましたが('A`)
    実は去年書きかけていた代物です。
    なんだかんだで出すに出せずにいたものなのですが…というのも、文頭の風鈴を
    入れたかっただけなんです…
    とりあえず時期的には問題ないかな!と。
    次はいい加減、幽ちゃんの話をしてあげないといけませんねぇ。
    何年越しの恋でしょうwごめんな、幽ちゃん(^ω^)