短編小説
七夕突発SS「天流れる河の下で」
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七夕-それは織姫と彦星が年に一度だけ会えるたたひとつの大切な日。
その日を想いながら織姫は、彦星は、いったいどんな思いで過ごしているのだろうか。
いつもと違う感触にイッスンは目を覚ました。
いつも寝床にしているアマテラスの毛皮の感触と違う、冷たい感触は慌てて身を起こす。
きょろきょろと辺りを見回すが肝心のアマテラスがいない。
「なんだぁ?小便かぁ?」
ふぁああと大きく欠伸する。
と。
柔らかい笛の音が風に乗って聞こえた。
「…笛?」
耳を澄まし、聞こえてくるだろう方向に歩いていく。少し離れたところで蛍火が溢れていた。
笛の音に乗って風を切る剣激が唸る。
月明かりと蛍火に浮かび上がったのはヤマタノオロチを退治した際に手に入れたツムガリノタチを振るう少年アマテラスだ。
素振りの訓練をしているのかと思ったが違う。
笛の音に合わせて踊っているのだ。
その笛の音を奏でるのは金の髪の男ーウシワカだ。
(あんの…インチキ野郎!)
電光丸に手をかけ飛び出そうとしたイッスンだが、二人の間にまったく殺気や警戒感が感じられず、むしろ優雅に、楽しそうに舞うアマテラスの姿に、勢いがそがれた。
チャンバラのように乱暴に剣を振り回すだけかと思えば。
一体どこで覚えたのか、見事な舞だった。
ただ適当に音に合わせているだけどない。
指先一つとっても、洗練された「舞」の動きだ。
流れるように、風のように。
汗が月光でキラキラと輝き、上気し水蒸気になり、霞になり剣の動きに合わせて羽衣のようにふわりと舞う。
ウシワカもそんなアマテラスを見守るように、優しく微笑みながら軽快な笛の音を奏でる。
笛の音が静まり、舞いが終わる。
膝をつき、ゆっくりと呼吸を整えるアマテラスにウシワカが手を差し伸べる。
にっこりと上機嫌の笑顔でその手を取るアマテラス。
ウシワカに手を引かれ、立ち上がるアマテラスの姿が。
ふと揺らいだ。
次の瞬間。
少年の姿はどこにもなく、光の加減で薄い紫色に波打つ豊かな銀髪の美姫が、ウシワカに手を引かれ立っていた。
(あれは…大神降ろしン時の…)
突然のことに声も上げることもできず、イッスンは月下の佳人に見とれた。
まだどこか少女の面影を残した美姫が一歩踏み出しウシワカへと近づく。
「アマラテス、くん…」
ウシワカの掠れた声が風に乗って聞こえたような気がした。
ウシワカは眩しそうに美姫を見つめ、どこかためらいがちに美姫へと両腕を差し出す。
アマテラスと呼ばれた美姫も、少し恥ずかしそうに頬を染め俯き、ゆっくりとウシワカへと身を預ける。
二人は静かに抱き合い、手の内の温もりを確かめ合った。
イッスンは、ウシワカが泣いているように感じた。
アマテラスを抱きしめる一瞬前、涙が零れそうな、そんな笑顔を見せたウシワカ。
ウシワカの胸に顔を埋めていたアマテラスが顔を上げ、ウシワカとはにかむように微笑み見つめあう。
(ーこの陰陽師特捜隊は200年以上の歴史があるんスが…ウシワカ隊長より前の隊長のことを誰も知らないんッス!
それじゃあまるで…ウシワカ隊長が200年生きてるみたいッスよ〜!)
そう話していたのは陰特隊のアベノ。
もしアベノの言うことが本当なら。
(アイツ…200年も、一体何を…?)
もしかしてこの瞬間を待っていたのだろうか。
ただ1人、アマテラスのことをその腕に抱くことを。
普段の飄々とした態度のウシワカからは想像もできないような笑顔だった。
敵か味方か、よく分からない男だった。
でも。
少なくとも敵ではないのではないだろうか。
アマテラスのあんな笑顔。
見たことがない。
ツキンと痛んだ胸に、イッスンは自分で驚く。
(べ…別にあいつらがどーいった関係だか…知ったこっちゃねーや)
(オイラぁ、アマ公の筆しらべさえ手に入さえすりゃそれでいいんだよ!)
(アホくせぇ、寝なおしだ)
なんだか出歯亀ようでばつが悪くなり、くるりと踵を返す。
数歩進んだところで、何故か一度だけ振り返った。
視線の先ではもう一度、固い抱擁を交わすウシワカとアマテラスの姿があった。
そしてアマテラスが顔を上げ、花がほころぶような笑顔を浮かべた次の瞬間。
その姿が揺らぎ、絶世の美姫の姿は消えた。
きょとんと目を開いた少年アマテラスが、不思議そうにウシワカを見つめている。
ウシワカは一瞬だけ表情を曇らせたが、腕をほどきにっこりと微笑み、アマテラスの頭を撫でてやる。
その様子を見届けてから、イッスンは今度こそ振り返らずに元いた場所まで戻った。
そのまま不貞腐れたようにごろりと寝転ぶ。
(アホくせぇ…なんてぇ顔してやがんだ、あの野郎!)
陽気に笑ってみせるあの笑顔の裏側に、一体どれほどの想いを抱えているのだろう?
手を伸ばし、抱きしめる以上のことをウシワカはしようとしなかった。
抱きしめているだけで幸せ。
それだけでいい。
それ以上のことは、望んでいない。
ただ傍にいてくれるだけでいい。
そんな風に見えた。
「男なら押し倒してみやがれってんだよ馬鹿野郎」
「誰が何を押し倒すんだって?」
背後から降ってきた声にイッスンは口から心臓が飛び出しそうな勢いで飛び上がる。
「て、て、テメェ!!驚かしてんじゃねぇ!!」
「…?ユーが勝手に驚いてるだけだろ、ゴムマリくん」
「ゴムマリっていうんじゃねぇよこのインチキ野郎!」
先程とは打って変わっていつものウシワカに態度に、イッスンは反射的に怒鳴り返す。
まだ何かを言いかけて拳を振り上げたが、先程の寂しげに微笑んだウシワカが脳裏をよぎりイッスンはそれ以上騒ぐのをやめた。
「…」
「なんだい、ゴムマリくん…ユーが静か過ぎると逆に気持ち悪いなぁ」
「う、うっせぇ!とっとと失せろこの野郎!」
「言われずともそろそろ退散するよ。それじゃ、グッナイ!アマテラスくん」
ひらひらと手を振り、くるりと気取ったようにターンしたウシワカの姿が消えた。
ウシワカが消えたあとには名残惜しそうにキラキラと蛍火が舞っていた。
「…なぁ、アマ公」
呼ばれ、「なぁに?」と首をかしげるアマテラス。
「お前…少しはアイツのこと…」
少しは思い出せたか?
昔、何があった?
アイツのことどう思ってた?
色々な言葉が浮かんだが、言いかけてやめた。
「なに?何?」と不思議そなアマテラスはこらえきれず、ツンツンとイッスン突っつく。
「…いや、なんでもねぇ。寝るぞ」
アマテラスの毛皮にもぐりこみとっとと寝息を立て始めたイッスン。
腑に落ちないアマテラスも、一つ大あくびをして急に眠気が襲ってきたのに気付く。
一度、月をあおぎ。
懐かしそうに、愛おしそうに見つめ。
食欲以外で胸がいっぱいになり、アマテラスは上機嫌で寝転がり、寝息を立て始めた。
今日は七夕。
離れ離れになった想い人たちが邂逅を許されるただ一度の日。
この夜だけは、届かない・叶わぬ思いはない。
天の川が叶えてくれる恋人たちの夜が、静かに、ふけてゆく。
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唐突に思いついたSSです。
ウシアマが書きたかっただけです( ノ∀`)ペチョン☆
そんなウシアマを見ながら一人なんだか蚊帳の外で悶々としてるイッスンが書きたかっただけなんです、はい。
イッスンが引き立て役になってしまった(´・д・`)
ゴメン、イッスン。
でもきっとこれからそういう扱いになると思う。